2011年08月05日

平和大使運動のビジョンと使命

世界大戦後の新しい国際機構の必要性

 歴史を振り返れば、世界大戦が起こった後には、必ず世界平和を希求する、国際機構が生まれてきました。第一次世界大戦の強い反省から、米国のウィルソン大統領が提唱して、国際連盟が創設されました。また、第二次世界大戦後に、国際連合が創設されました。このように、2つの世界大戦の後には、その強い反省から国際機構が生まれてきました。しかし、冷戦(第三次世界大戦)の後には、何の国際機構も生まれませんでした。


 冷戦は、第一次、第二次世界大戦のような戦火を交えた熱戦ではなく、思想戦でしたが、民主主義と共産主義が世界のほとんどの地域を巻き込んだ闘いの後には、その反省を踏まえて、「新しい国連」が生まれてしかるべきであったと国際政治の専門家も指摘しています。その機構を中心として、「新しい世界秩序」が形成され、平和世界が生まれるべきだったというのです。

 1980年代後半、米国のフランシス・フクヤマ氏が、著書「歴史の終わり」の中で、「今までのようなイデオロギーの闘いの歴史は終わり、米国的民主主義が全世界に広がり、弁証法的な闘いはなくなるであろう」と述べていました。それほど、平和に対する期待が高まっていました。しかし、その後、湾岸戦争が勃発し、ボスニア・ヘルツェゴビナなど宗教・民族紛争が頻発しました。実際に、冷戦後の紛争や戦争の数は、それ以前より増えているのが現実です。

 このように見ると、冷戦が終わった後は大きな人類歴史の転換点であり、新しい世界秩序を作る絶好のチャンスだったのです。ですから、文鮮明総裁はアベル国連、父母国連と呼ばれる、新しい国連のあり方を提唱し、冷戦後の新しい国際秩序の形成をリードしていく必要性を強調されたのです。

国連で上院の機能を果たす「超宗教議会」の提唱

 それでは、冷戦をどのように総括し、反省すべきだったのでしょうか。1917年のロシア革命以来、共産主義は1億5千万の生命を奪ったと言われています(ル・フィガロ誌)。これ以上の犯罪はありません。共産主義の本質的誤りは、その政治・経済体制にあるのではなく、宗教と家庭を否定した、その無神論的イデオロギーにあるのです。

 また、明石康・元国連事務次長は、「世界連邦でも世界政府でもない国連は、それを構成する加盟国、特に安保理常任理事国の意志にかなり左右されてしまう。こうした国の国家エゴを超越できなかった国連の姿があり、それを急激に変えることは不可能であろう」(2000年9月4日、読売新聞)と述べておられます。したがって、国連が本来の機能を果たすためには、宗教と家庭を重視する理念を掲げて、国家の枠を超えた発想を持たなければ、世界平和を実現できないのです。

 文総裁は、2000年8月に国連改革に関する提言をされました。その中で、文総裁は「国連の二院制」のビジョンを提示され、既存の国連に加えて、国家の利害を超えることができる、超宗教・超国家的な世界観を持つ、宗教指導者や精神分野の指導者によって、上院(超宗教議会)を構成し、政治家・外交官から成る既存の国連組織を下院として位置付ける、提案をなされ、「上院を構成する人々を国連の国際大使として、世界に送りたい」と説明されました。平和大使は、ここから出発しています。すなわち、国益を超えて考えられる人、特に宗教指導者、および宗教的な精神を持った、各分野の指導者を世界に派遣したいと構想されたのです。

 その日の夜のバンケットで、文総裁は「国境線撤廃と世界平和」というスピーチをされました。国境線といっても、それは国と国を隔てる境界線のことだけではなく、宗教間、人種間、文化間などに存在する、すべての境界線、すべての壁を超えなければならないと言われました。

 平和大使による運動を一言でいえば、「疎通運動」です。「疎通」というのは、「塞がっているものが、滞りなく通じること」で、壁があればそれを打破して、通じるようにすることです。このような運動が平和大使の運動です。

「愛天、愛人、愛国」の意味

 文総裁の自叙伝「平和を愛する世界人として」の中に、「愛天、愛人、愛国」という言葉が出てきます。これは文総裁の創設された、中・高等学校や鮮文大学などの教育理念でもあります。ある人が、文総裁に「なぜ愛国が最後に来るのですか。愛国を一番にすべきではないのですか」と質問をしました。それに対して、文総裁は「天を愛することの中に、国を愛することも入るのだ」と答えられました。

 明治・大正時代に活躍した、キリスト教思想家の内村鑑三(1861〜1930年)は、次のように述べています。「私は日本のために、日本は世界のために、世界はキリストのために、そして、すべては神のために」。また別の表現で、「世界を益する愛国心が本当の愛国心だと言えば、皆は笑うだろう。しかし、それ以外に本当の愛国心はない」と語っています。

 文総裁が「愛天、愛人、愛国」と言われるときは、「愛国」の前に「愛天、愛人」が来るのです。「人類が共通の父母なる、天を愛する」という「愛天」が最初に来て、「人類を愛する」という「愛人」と続くのです。文総裁の言う、「愛天、愛人」は神を愛し、人類を愛するという意味だと思います。その上で、自分の生まれた祖国、故郷を愛する「愛国」が来るのです。「愛天、愛人」の精神を持って、「愛国」を実践することによって、偏狭なナショナリズムを超えることができるのです。

 明治元勲・西郷隆盛(1828〜77年)が持っていた思想は、「敬天愛人」でした。それは「天を敬い、人を愛する」という意味です。それは、まさに聖書の教えの核心にも通じます。イエス様が「旧約聖書の教えは何ですか」という質問を受けたときに、「それは2つに要約される。第1に『思いを尽くし、精神を尽くし、主なる神を愛せよ』。第2に『自分を愛するように、汝の隣人を愛しなさい』。この2つの言葉の中に、旧約聖書のすべての内容が集約されている」と答えられました。それは、神様を愛さなければ、真に人を愛することができないということを示唆しているのではないでしょうか。

 そういう意味においては、平和大使運動は単なる平和のための社会運動ではなく、第1に、宗教、信仰心を尊重することが、この運動の特徴となるでしょう。日本が世界に貢献していくためには、「愛天、愛人、愛国」の精神を持つことが大切です。例えば、日本は地球環境問題に対しては意識が高いですが、それはその問題が日本に直接的に影響する問題だからです。しかし、貧困問題に対しては、日本は一般的に意識が低いと言われています。なぜならば、アフリカなどの貧困問題が、自分自身に直接関係しないからではないでしょうか。日本人は島国に住んでいるということもあり、地球上に住む、他の国や地域の人々を同じ兄弟姉妹であるという意識が不足しています。人類全体が共通の親から生まれてきた、兄弟姉妹であるという観点を持たなければ、国境を超えることは難しく、本当の意味での人類愛を持つことはできないと思います。

平和大使活動の3つのゴール

 このことを踏まえた上で、日本が現実的に何を目指していけばよいかというと、「One Family under God」の世界です。それを日本がリードしていくべきだと思います。これが、平和大使活動の共通のビジョンです。このビジョンを果たすために、私たちは3つのゴールを掲げています。第1のゴールは天意に適った国連、つまり「平和国連(アベル国連・真の父母国連)のモデル形成」です。これを日本が進むべき目標として、私たちは真剣に考えていかなければなりません。

 そして、第2のゴールは、「平和理想家庭を基盤とした、為に生きる『奉仕文化』の国家と社会への定着」です。文亨進UPF世界会長は「平和の根幹は家庭である」と強調されています。これが文総裁のメッセージの中心です。ですから、私たちも家庭を再建し、強化することを通して、初めて国を再生することができるのです。そこから生まれる「為に生きる」奉仕の文化が社会、国家、世界に拡大していくのです。

 第3のゴールは、「日韓米を基軸としたアジア太平洋文明圏の形成への主導的貢献」です。これからは環太平洋時代です。その軸となる国が、韓国・日本・米国です。この韓日米が、しっかりと連帯をして、環太平洋文明を作っていかなければなりません。なぜ、この3国が一つになっていかなければならないのでしょうか。何を守らなければならないかということから考えてみると、その3国に共通しているのが、自由や民主主義の価値観だということです。一方、中国は価値観が違います。冷戦が終わった時点で、しっかりと問題点を明らかにし、それを克服する理念とビジョンを提示していかなければならなかったと思います。すなわち、共産主義に代表される無神論的世界観こそが、問題であったことを鮮明に主張し、宗教と家庭の価値をベースとした世界平和のビジョン、それを一言で表現すると「One Family under God」、を高く掲げて平和運動を推進する時代が到来しました。

 まとめると、平和大使運動は、@すべての壁を撤廃する「疎通運動」である、A家庭から平和を創り出す運動である、B宗教を尊重する平和運動であり、平和大使とは世界と日本の危機を解決するため、すべての壁を超える「真の愛」の平和運動をリードする各界の指導者であるということができます。


posted by upf at 16:00 | マンスリーメッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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